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ぼくらのクローゼット

埋もれている価値観の中から新しい楽しみと
生き方をいっしょに見つけていくメディア

米、何石とれた?

~学ぶ~ ~生きる~ 坂口典和さん

今の季節、全国津々浦々で稲刈りの風景を目にすることだろう。
その風景の片隅では、現代でも一行目のような会話が交わされていたりする。
傍らで聞くと、ある職集団において使用される特殊言語のような雰囲気が漂っているかのようだ。

 

‘‘いし’’ではない。そう、歴史や時代劇で時折でてくる‘‘こく’’(上の文中では、ごく)、つまり、どのくらいの量の米が穫れたのか、ということだ。

この場合、一反当り(約300坪)の穫れる量を指す。あ、一反(いったん)というのは昔から使われている田んぼの面積を表す単位で、分かりやすく言い換えると、約10a。ただ、こういうものは実際の田んぼを見てもらった方がずっと納得してもらえると思う。


「今年は、3石いったで。」

ところで、一石という量がどのくらいかというと....

 みなさんに馴染み深いのは、一升瓶!だろうか。
一升瓶は一升入るから一升瓶で、その10倍が一斗(いっと。約15キロ)。
そして、その10倍が一石、つまり、約150キロということになる。


私の住む集落は両側を山で挟まれた細長い谷で、
当然日当たりはあまり良くなく、また、水も冷たいきれいな水で、

昼夜の気温差が大きいので美味い米が穫れるのだが、先に述べた自然条件だとどうしても収穫量は少な目なのだ。
だから、3石(一反当たり。米袋にして15袋)穫れれば、御の字なのである。


話はかわるが、現在トラクターや他の機械類をしまったり、出荷作業をする小屋を9年前に3冬かかって建てた。

4.5メートル×9メートルなので、素人の私にとったらかなり大きな建築物で、3冬というのは、冬にしか大工仕事ができなかったからだ。

 その時に使ったのが、間(約1.8メートル)、尺(約30センチ)、寸(約3センチ)、分(1寸の10分の1)という長さの単位だった。

始めはとても使い辛く、なかなか要領を得なかったが、そのうちすとんと腑に落ちるのだった。
柱と柱の間は、1間にするとよく、後は柱の長さを決め、屋根のこう配を決めれば、それで全体が決まるのだ。
(今、話をめちゃくちゃシンプルにしています。この小屋の形も切妻で、一番シンプルな造りです。)

こう配は、1尺行って3寸上がる3寸こう配というもので、雪の多いところでは緩やかすぎるが、年に1,2度30センチくらい降るだけの当地では十分だ。
それより、柱の長さが3メートルあるので、緩やかなこう配にしないと、登って作業する時に非常に怖い思いをする。

3メートルの柱の上に屋根をつけ、さらにその上に登って立ってみると、巨人になったかのような見晴らしに囲まれる。
半端ない高所感なのだ。

話がすこし横道にそれてしまったが、1升や1石、はたまた、1尺や1間という昔ながらの単位は、日々の暮らしの中でとても生き生きとしてくる。

 

「1.8リットルの酒が、きのうの晩は3本あいたわ」より「一升瓶が、きのうの晩は3本あいたわ」と言う方が
生の実感が湧くような気がする、と言ったら言い過ぎだろうか。

 

 「突きは、3センチ手前で止めなさい」より「顔面への突きは、寸止めにすること」の方が皮膚感覚として相手に伝わらないだろうか。

都会ではほぼ使われなくなった度量衡の単位だが、毎日の暮らしの中で使われるならとても分かりやすく、また、とても懐かしい。


そんな暮らしを大切にしたいと思う。

 

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