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ぼくらのクローゼット

埋もれている価値観の中から新しい楽しみと
生き方をいっしょに見つけていくメディア

俺は「おっさん」をやめて「おじさん」になるぞー!

~生きる~ シロクマ先生

【精神科医シロクマ先生の不惑日誌】 
 
 
www.bokukuro.com
 
 リンク先の記事、読みました。
 
 中年男性を指す言葉は色々ありますが、なかでも「おっさん」や「おじさん」はよく見かけるものです。現代人のエイジングに興味がある私としては、“どんな人が、どんな意味を込めて「おっさん」や「おじさん」を使っているのか”を気にしながら常日頃からインターネットを眺めていました。
 
 私の観測範囲では、「おっさん」や「おじさん」は否定的に使われがちで、特に「おっさん」が肯定的なニュアンスで使われていることはあまりありませんでした。試みに、今現在、twitterでどんな風に「おっさん」「おじさん」が使われているのかザッと調べてみましたが、まだしも「おじさん」のほうが肯定的な意味で使われているみたいですね。
 
 「おじさん」という言葉は「叔父」という言葉と同音なので、その影響もあるのかもしれません。先日、ノーベル賞を受賞した大村智さんの血縁の新聞記者さんが『おめでとう、智おじさん』という記事を書いておられましたが、この場合の「おじさん」には敬意や親しみが込められているように感じられます。
 
 対照的に、「おっさん」には滅多に敬意が込められません。親しみの念が込められている場合ならあるかもしれませんが、「おじさん」に比べてリスペクトの念が感じられない時に選ばれるようです。
 
 

若き自称「おっさん」達

 
 こうした事情を反映してか、私は二十代~三十代前半の男性がを自称するケースをたくさんみてきました。
 
 “たくさんみてきました”と書くと他人事になりますが、私もその一人だったわけですよ。
 
 “俺、もうおっさんだし”
 “おっさん臭くなっちまったし”
 “もう三十のおっさんになったから”
 
 「おじさん」だと肯定的なニュアンスが籠ってしまうせいか、とにかく二十代~三十代が我が身を嘆く時には「おっさん」と相場が決まっていた。そして「おっさん」を自称する際には、きまって「若さの磨り減った自分自身」を自嘲するニュアンスが込められていたのでした。
 
 「おっさん」を自称&自嘲する二十代~三十代は現在でも珍しくありません。私の頃とだいたい同じく、彼らは“若いことは良いこと”“年を取るのは悪いこと”的なニュアンスで「おっさん」を使っています。そこには“本当はまだまだ若いんだけど、自分の年齢ぐらい弁えているんだぜ”的なポーズも混入していて、五十代や六十代が割り切って「おっさん」を名乗っているのとは少々テイストが異なります。
 
 

“俺は「おじさん」になるぞ~!”

 
 で、私もそういう自称「おっさん」を繰り返していたんですが、ここ1~2年の間に「おじさん」を自称するようになってきたんです。特に自分より年下に向かって「おっさん」を自称するよりは「おじさん」と自称したくなってきました。
 
 断っておきますが、自分が偉くなったとか、そういうわけではありませんからね?
 
 これまで「おっさん」という言葉を自嘲的に使ってきたことが、否定的過ぎると思えてきたのです。“中年の身上も悪くないし、この境遇を否定しながら生きるってどうなのよ?”という気持ちのほうが今は優勢です。
 
 それまでの私は、「おっさん」という言葉をひたすら否定的なニュアンスで使い続けてきました。だからそれに代わる、もう少し肯定的なニュアンスで中年男性を自称する言葉が欲しくなった――そこで私が再発見し使い始めたのが「おじさん」という言葉だったのだと思います。*1
 
 冒頭リンク先の文章のなかで、チェコ好きさんは
 

「おじさん」というと、非常にノーマルな中年男性を私は想像します。

とお書きになっています。
 
 たぶん、若かりし頃の私は、まさにそのノーマルな中年男性にネガティブなイメージを描き、そのような境遇が不安で不快だったのでしょう。ところが実際に年を取ってみると、私は中年の境地・中年の役割に思春期には無かった要素を見つけ、“思春期もいいけれど、中年だって悪かないじゃないか”と感じるようになったのです。
 
 ノーマルな中年男性。それでいいじゃないですか。いやいや、アブノーマルな中年男性だって良いかもしれない。どちらにせよ、否定的に「おっさん」という言葉を使い続けるより若干肯定的に「おじさん」を名乗ったほうが精神衛生にもやさしいし、若かりし過去ではなく、年を取っていく未来を見つめられるような気がするんですよ。
 
 だからタイトルにもあるように、私は自称「おっさん」をやめて自称「おじさん」にクラスチェンジしました。
 
 さようなら、自称「おっさん」。
 こんにちは、自称「おじさん」。
 
 まあ、呼び方の変化なんて些細なものですが、とにかく、若いだけが素晴らしいわけでもないし、いつまでも若さにバリューを見出していてもしようがないですよ。二十代や三十代の劣化コピーを目指すより、今、この瞬間に「おじさん」であることの意味、「おじさん」だからこそ可能なことを考え、暮らし、実行していく――それって面白いことで、なにげに私の人生のなかでは新境地のような気がするんです。
 
 

「おじさん」のロールモデルはテレビや雑誌の外にいる

 
 で、そういうノーマルな中年男性たる「おじさん」を良しと思うようになると、テレビや雑誌に出てくる中年男性よりも、身の周りにいるノーマルな「おじさん」のほうがロールモデルとして興味深く思えてくるんですよね。
 
 なんだかんだ言っても、テレビや雑誌に出てくる中年男性はちょっとユニークです。「チョイ悪オヤジ」はなりを潜めたけれども「おじさま」だったり「ミスター」だったり。ときには思春期がそのまま年を取ったような、年齢不詳なキャラクターがスポットライトを浴びていることもあります。しかもメディアに切り取られ、キャラクタライズされているから、どことなく理想化され過ぎているふしがありますし。
 
 身の周りにいる年上の中年男性達は、それに比べれば随分とノーマル……というか平凡です。性格や価値観や家族構成はそれぞれ違うにせよ、圧倒的に「おじさん」的で、人生の先輩としてのリアリティがあります。もちろん、すべての年上中年男性がロールモデル足り得るわけではありませんが、大抵の場合、これから「おじさん」をやっていく自分自身の糧になりそうなヒントをどこかしら持ち合わせているわけで、周囲はロールモデルだらけ!
 
 ありがたいですね。「おにいさん」最年長だった頃の私は、どこにどんなロールモデルを求めれば良いのか今一つわからなかったけれども、いったん「おじさん」を引き受けてみると、なかなかどうして、見習うべき人生の諸先輩があっちにもこっちにもいるじゃないですか。
 
 私はまだ「おじさん」にクラスチェンジして日が浅いけれども、いや、日が浅いからこそ、周囲の先輩「おじさん」達から、これからの私の構成要素になりそうなものを貪欲に吸収していきたいと思います。生きざまも、哲学も、ファッションも。

 

*1:逆に、若い頃に自嘲の言葉として「おじさん」を使っていた人がいたとしたら、「おっさん」という言葉を中年期に再発見する……なんてことがあるのかもしれませんね。

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